2007/11/21 7:43:13
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星は流れて何処へ行く。ジャーナリズムは何処へ行く。QWERTYキーボードに誠を誓い、さ、今日も武田徹がネットで歌います♪ってなノリの、まあ、ネタっていうのですか、ジャーナリズムっていうのですか、オッサンですかシャーですか、”ウィニーこそ史...
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■ この情報のコメント・メモ ■
キンタマウイルス名前勝ち
主体ない暴露<人間がやる事なら許せるがボットがやる事は許せない。人間対ロボット論争の再燃。電子情報をパソコンに抱えている<全てがデジタル記録になるとそうなってしまう可能性。プリントしたらデータを消すと
ジャーナリズムは技芸(art)の世界であり、倫理規定が必要であるにせよどこかでジャーナリストの責任で破ってしまうこともあるだろうくらいには考えている。ただその場合でも、その無法的な行為が彼または彼女自身の
お、当人が自覚したみたいですよ。>何かしら私などを過去の人としてしまうような現代人の意識の変容のようなものが、パソコンやネットの関連で生じていて、それが人間の定義を微妙に変更しているように思える。
たぶん発端となった人はWinnyネットワーク潰しの意図でウィルスをばら撒いていたんでしょうけれど、後に続く人たちはプライバシーの暴露を楽しみにばら撒いているっぽ
人によっては、PC自体が、秘密を隠す箱たり得ている。その用を足すのに、ある程度の知識が必要であるとは知らない人も多い。
国内メディアにそれほどの技術力も技術を取り入れようという発想もないと思う(ワープロでさえあんなに嫌ったし)。それとは別に「主体」の問題は池田センセのとこのサーバの話とかGoogleとかに通じますな(電脳の神)
秘め事とは主体性の関わり、関係者の外部からは秘め事の中身は見えない、ジャーナリストの技芸はその関係の内部に食い入ること。
最終段。publicがannonymousに置き換わっているように、公平性が平等性に置き換わっている。Google的権力が数の論理でそれを強制する。それにより主体の自明性が喪失しているんだろうな。
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